大阪で働く内定者のブログ

きいろいくまのせいそくち

考えるということ。

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初めてちょっとまともなことを書こうかと思う。

 

今日、先生に言われたことが個人的には当たり前ではあるが、先生たちにとっては珍しいらしくそれをネタにしようと思う。

 

考えず、思考停止状態なあなたは今すぐ行動を変えるべきだ。

 

 

昨日私は先生と議論しているとかなりヒートアップしてしまい、本日になって昨日は大丈夫だったかと聞かれた。

 

もちろん私の中では何ともないので大丈夫だというと、

生徒で先生とあんなに言い合いみたいになるの珍しいよ

というようなことを言われた。

 

次いで

何をそんなにもめていたの?

 

私は時と場合にもよるのだが、自分が疑問に思ったことに対して、それは常識だ、そうするのが当たり前だとただただ押し付けてくる意見が本当に嫌いである。

 

またなぜそうなるのか?どうして?という疑問に対して、それはお前の感覚がおかしい、それは決まっていると言われるのもまた嫌いである。

 

 

それはなぜか、

疑問を持つ者に対して自分は抱かなかった疑問を提示されても受け入れられないのは一体どうなのだ

と感じるからである。

 

 

自分が思考停止状態であることに気付かず、ある事象が普遍的なもので正しいと思い込んでいるということは危険だからである。

 

もうこのご時世明日に何が起こっても全くもっておかしくは無いにもかかわらず、自分の意見、考えやルール常識が普遍的なものであると考えることは非常に危険極まりない。

 

その上、疑問を持つものに対して拒絶反応を示すのはもはや取り返しのつかない状態である。

 

フィリピン人を例にあげるのは非常に申し訳ないが、個人的にフィリピン人は基本的に思考停止状態になっている人をよく見かける傾向にある。

 

考えることをやめ、ただただ同じ作業を繰り返しているだけなのである。

 

ストリートチルドレン達は黙って外国人の足元に擦り寄っていき何も言わずに手を出すだけ。

路上でものを売る人たちも同様で、先生達もルールに従い何の疑問も抱かずに深く話すことを拒む人が多いように感じる。

 

これは1565年〜1946年にわたってスペイン、アメリカに植民地としておかれていたが故に、いうことを聞いていれば、変に行動しなければ安全という考えがDNAレベルで染み付いているのかもしれない。

 

 

しかし、どこの世界にも例外はやはりいるのである。

先日、タクシーに乗っていたところ、奇抜な格好をし、ダンスをしながら物販するものがいた。これは非常に珍しいため、話しかけてなぜこのような売り方をしているのだと聞くと

普通に売っても多少は売れるが、そこまで。本当に売りたいならやり方を変えるしかない

というニュアンスの返答が帰ってきた。

彼は案の定周りより稼いでいた。

 

これには個人的に非常に興味深く連絡先を交換したくらいである。

 

このように自分たちの目標や、課題に対して思考し、差別化する動きをするものは、やはり強いのである。

 

しかし、このように自ら考え、行動する人は日本人においてもやはり少ないように感じる。

 

典型例ではあるが、就職活動なんてものは最たるものである。

 

就職活動なんてものにいっせいスタートなんてものは存在しない。

その人が始めると決めた時点で就職活動は始まるのである。

 

 

事実、4月時点で内定を受諾し、インターンとして働き始めているというものもいる中で、今から始めたものもいるだろう。

 

これは思考しているか、いないかの違いであると感じる。

 

 

現行のものに対して少しでも疑問を持ち、思考、行動するものにはそれだけのリターンを世の中が返してくれるシステムになっていると私は思う。

 

とどのつまり、思考停止状態の人間はいつまでたっても思考停止しているし、損をしていることに気付くべきである。

 

世の中のものに対して疑問を持ち、行動することがこれからを生きていくために必要なスキルなのではないかと私は思う。